「死ねばいい」。
とんでもなく突飛なことを、
イザークは平然と言った。
その言葉を受けたアルドベリクたちも、
発言がもたらす不可解さを隠そうとしなかった。
〈アルドベリク〉
詳しく話してくれるか?
〈イザーク〉
ああ。
ここにドラク家の秘薬〈夜の雫〉がある。
イザークは小瓶を取り出して見せた。
中には黒い液体が満ちている。
薬の類だろうかと君は考えた。
〈イザーク〉
それにベルゴン家の秘薬〈酩酊の牙〉を混ぜ、
服用する。
〈イザーク〉
すると一時的に肉体が死に、
死界で活動できるようになる。
〈アルドベリク〉
聞いたことはあるな。
特殊な薬を使い、
死界と交信する方法があるというのは。
〈エストラ〉
で、誰がやる?
断っておくが、私は嫌だぞ。
死んで甦るなど気持ちが悪い。
真っ先にエストラが辞退を表明し、
言い終わると、
なぜかちらりとアルドベリクを見た。
〈アルドベリク〉
……?
〈イザーク〉
悪いが俺も天界に用がある。
事が事だけに俺が行った方が話は早いだろう。
明らかにイザークはアルドベリクに向けて
言っていた。
〈アルドベリク〉
……?
〈みんな〉
じー……。
君を除く全ての視線が、
アルドベリクに向けられている。
つまりそういうことなんだろう、と君は察する。
〈イザーク〉
すまんな。アルドベリク。
〈アルドベリク〉
お前たち……狡いぞ。
〈イザーク〉
そう起るな。
その魔法使いにもお供してもらう。
寂しくはないだろう。
え……。と君はうわずった声を漏らす。
あまりにも唐突だった。
〈ウィズ〉
にゃにゃ! それは横暴にゃ。
ウィズがそう言うのも無理はない。
君もその意見に何度も頷いた。
〈アルドベリク〉
俺たちは全ての案件を、
常に決を採って決定してきた。
今回もそうあるべきだろう。
〈ルシエラ〉
ふっふっふー。
そんなこと言っていいんですか?
こっちには子供たちがふたりもいるんですよぉ。
〈アルドベリク〉
人質を取ったみたいに言うな。
無論、子供に権利はない。
〈ルシエラ〉
あ。ひどーい。
〈ウィズ〉
私はこの魔法使いの師匠にゃ。
師匠には議論に参加する権利があると思うにゃ。
〈アルドベリク〉
その通りだ。
つまり、イザーク、ルシエラ、エストラに対して。
自分とアルドベリクとウィズ。
数の上では互角である。
と、議論の輪の中に、
ドンと激しい音をたてて、
何かが落ちてきた。
〈クィントゥス〉
到着!
いやー、なかなか手間取ったけど、
全員ぶっ飛ばして来たぜ!
と、砂煙の中に立つクィントゥスは
快活に言い放った。
〈クィントゥス〉
おや? 何してんだ?
迎えの言葉もなく黙ったままの仲間たちを見て、
ようやくクィントゥスも彼らが真っ二つに
分かれて、にらみ合っていることに気づいた。
〈イザーク〉
クィントゥス。
貴公はアルドベリクで良いと思うか?
出し抜けにイザークが問いかけると、
〈クィントゥス〉
ん?
なんかよくわかんねえけど、
それでいいんじゃねえか?
およそ何も考えてないであろう答えが、
返ってきた。
〈アルドベリク〉
クィントゥス……恨むぞ。
結局、君とアルドベリク、そしてウィズは、
死界へ向かうための秘薬を飲んだ。
〈ウィズ〉
甘くて意外と飲みやすいにゃ。
皿に落とされた秘薬の雫を舐め、
意外だというようにウィズは呟いた。
君が大丈夫だと言うのも聞かずに、
ウィズは強情を張って、
同行することを押し通した。
〈ウィズ〉
師匠だからにゃ。
それが理由らしい。
仕方がないな、
そう思いながら、君は目を瞑った。
目を開けると、そこは死の世界であった。
〈アルドベリク〉
忠告しておく。
決して立ち止まるな。決して振り返るな。
そして、強い心を持て。
出来なければ、魂を奪われる。
……行くぞ。
どろどろと湿った沼地であった。
薄暗く、差す光もなく、
水も泥も腐った臭いをさせている。
分かりやすく例えるとすれば、そう表現出来た。
そのぬかるみの中に踏み込み、
足を抜き、また踏み込む。
いつも何気なくやっている歩くという行為が、
途方もなく苦しいことのように感じられる。
〈アルドベリク〉
……もう少しのはずだ。
アルドベリクの翼は鉛の様な水で
ぐしょぐしょに濡れている。
飛び立つことはおろか、開くことすら叶わない。
〈ウィズ〉
…………。
いつものウィズの軽口もない。
口を開けば、弱い言葉しかでない。
それなら黙っているしかなかった。
それは君も同じだった。ただ黙って、
腐ったぬかるみの中に足を踏み入れる。
雨が降った。重たく、体を打ちつける雨だった。
息が出来ないほどの勢いで降り続け、
体から体温を奪っていった。
〈アルドベリク〉
耐えるんだ……。
君は小さく頷いた。
耐えることしか自分たちには出来ない。
唯一の抵抗は進むことだ。
激しい雨音の向こうから、声が聞こえる。
幻聴のように聞こえるかと思えば、
耳元で囁くようにも聞こえる。
〈声〉
何を恐れる?
〈アルドベリク〉
何も恐れない。
〈声〉
お前は失うことを恐れる。
〈アルドベリク〉
俺は失うことを恐れない。
その嫌な声から逃れようと、
君は耳を塞ごうとした。
〈アルドベリク〉
耳を塞ぐな。
どんなに恐ろしくても、耳を塞ぐな。
目を閉じるな。そして恐怖の声を上げるな。
アルドベリクの言葉が君を踏みとどまらせる。
逃げることは出来ない。恐れることも。
君はさらに一歩前に進む。
〈声〉
お前は別れを恐れる。
〈アルドベリク〉
俺は別れを恐れない。
〈声〉
嘘だ! お前は何よりも別れを恐れる!
いや、恐れた! 恐れから何をした!?
〈アルドベリク〉
俺は別れを恐れない。
〈声〉
本当にぃ? 考えたことがあるか?
閉じた運命を捨てた時、
お前たちにあるのは、別れだ。
〈声〉
お前たちの別れは死だ。
死はお前たちのため込んだ
記憶を、想いを、全て奪う。
〈声〉
お前は、死を恐れる。
〈アルドベリク〉
俺は死を恐れない。
〈声〉
本当にぃ?
〈声〉
本当にぃ?
激しく振る雨のベールの表面に
幻影が見える。
それはルシエラの姿をしていた。
〈ルシエラ〉
ほ ん と う に ぃ ?
ルシエラの幻影が変異していく、
不気味な、何者かへと……。
〈???〉
本当にぃ?
アルドベリクの背中がわずかに震えた。
すぐに声が出なかった。
君は全力で、前へ踏み出す。
アルドベリクの横に並び立ち、
雨で閉ざされた前へ向かって叫ぶ。
我々は死を恐れない、と。
〈アルドベリク〉
そうだ。俺たちは死を恐れない!
その言葉の前に、ルシエラの虚像は崩壊する。
本性をさらした声の主は、
金切り声を上げ、悪あがきを始めた。
敵を倒すと、雨は止み、
ぬかるみも嘘のように退いた。
〈アルドベリク〉
礼を言うぞ。
それだけ胃って、アルドベリクは先へ進む。
彼にしては、少し素っ気ない様子だった。
雨が止んだ頃から、目の前に人影が立っていた。
〈???〉
ようこそ。ヴェレフキナが向こうで待ってる。
使いの者だろうか。
君はその少女を見て、拍子抜けする。
ここに来るまでの課程を考えると、
強面の迎えが待っているのだろう、
と君は考えていた。
だが、違った。
少女は名乗りもせずに、君たちに背を向けて、
歩き去る。ついて来いとは言わなかったが、
ついて行くしかない。
〈ウィズ〉
行くにゃ。
少女について行くと、城の一室に辿り着いた。
中央には玉座があり、
そこにだらしなく腰掛ける少年がいた。
見た目は少年だが、
わざわざ彼を頼ってここに来たのだ。
姿に惑わされてはいけない。
一体これから何が起こるのか、
と君は少し緊張する。
〈???〉
ヴェレフキナ、連れてきたよ。
〈ヴェレフキナ〉
ご苦労さん、シミラル。
〈シミラル〉
次からはお前が行けよ。
〈ヴェレフキナ〉
さて、アルドベリ……ん? 今なんか言うた?
と怪訝そうに振り返る。
〈シミラル〉
言うてないよ。
〈ヴェレフキナ〉
ほんまに?
〈シミラル〉
ほんまのほんまに。
〈ヴェレフキナ〉
よかった。
ボクの勘違いやったんか。
疑ってごめんな。
〈シミラル〉
今回は許してやるよ。
〈ヴェレフキナ〉
ん?
〈シミラル〉
言うてないよ。
〈ヴェレフキナ〉
キミ、嘘ついてるよね。
キミ言うてない言うけど、完全に言うてたよね。
ボク聞いたよ、キミが言ったの。
〈シミラル〉
言うてないって言ってるだろ、ボケ。
〈ヴェレフキナ〉
あー。いま完全に言うたよね。
ボケって言うたよね。
それちょっとアカンよ。
〈ヴェレフキナ〉
キミちょっとボクに対する尊敬とかないよね。
それアカンよ。
キミ造ったんボクやからね。
〈ヴェレフキナ〉
キミにとってボクは親みたいなもんやからね。
親は大事にせなアカンよ。
ご先祖さんは拝まなアカンよ。話聞いてる?
〈シミラル〉
うるさい。
……自爆するぞ。
〈ヴェレフキナ〉
あ。またそれ言う?
キミなんか都合悪いことあると
すぐ自爆するって言うよね。
〈ヴェレフキナ〉
それ良くないよ。
それ一種の脅しやからね。
簡単に言うとそれ……脅しやからね。
なぜか君たちを放り出して、
些細なことで言い争いを始めた。
〈ウィズ〉
何やっているにゃ……。
〈アルドベリク〉
おい。こっちは言葉通り、
死ぬ気でここに来たんだ。
本題に入れ。
〈ヴェレフキナ〉
お。なんかうまいこと言われたな。
うまいこと言うたみたいな顔してるし。
ヴェレフキナは君たちに向き直り、
真剣な調子で始めた。
〈ヴェレフキナ〉
せやな……。
端的に言うと、キミここに来て正解やよ。
この口ぶりでは、向こうもある程度は
事情を把握しているようだ。と君は思った。
〈ヴェレフキナ〉
そして、ボクも君たちの訪問を歓迎してる。
もちろんそれは、助力を惜しまんと言う意味や。
〈ウィズ〉
相手のことも知っているにゃ?
一体どんな敵にゃ?
〈ヴェレフキナ〉
ジェネティス。
ボクがそう呼んでるだけやけど、
アレは魂を乗っ取るんや。
〈ヴェレフキナ〉
乗っ取って書き換える。
キミらも見たんちゃうか?
目の前で魔族たちが怪物へと変わった
あの光景を君は思い出す。
〈ヴェレフキナ〉
アレは目に見えへんし、
無数にコピーを造るし、
体に乗り移る。ごっつ厄介や。
〈アルドベリク〉
そんなやつとどう戦う?
聞いた話だと、打つ手はなさそうだぞ。
〈ヴェレフキナ〉
何眠たいこと言うてんねん、キミ。
ボクらは魂の専門家やで。
〈シミラル〉
やで。
〈ヴェレフキナ〉
方法は考えてる。
それに切り札もある。
〈アルドベリク〉
なるほど。
案外簡単に話が進んでうれしいが、
なぜそんなに協力的なんだ。
〈ヴェレフキナ〉
人の魂勝手に書き換えて乗っ取る。
……完全に舐めとるよね、魂を。
〈ヴェレフキナ〉
完全にアウトや。
〈ヴェレフキナ〉
いっぺん、ドツキ回さなアカンよね。
そんなヤツは。
