絶級 宿命の、殺し合い

何が起こったのか、理解できなかった。
いや、にわかには信じがたかった。

〈ルシエラ〉
ふぅむ。

〈アルドベリク〉
ぐぅ……。

跪くアルドベリク。腕を取り見下ろすルシエラ。

何が起こったかはわからないが、
何か良くないことが起こっている。
それだけはわかった。

白炎が君の目の前に舞い降りる。

〈ミカエラ〉
どうしました?

〈ヴェレフキナ〉
あんのガキィ……。

出し抜けにヴェレフキナが忌々しげな
言葉を呟いた。

〈シミラル〉
ヴェレフキナ。あいつ、ジェネティスだ。

〈ヴェレフキナ〉
わあっとる!

〈ミカエラ〉
分かるように説明してください。

〈ヴェレフキナ〉
あいつ、咄嗟に分からんくらい小さな自分を
ルシエラの中に残しておいたんや。

〈ヴェレフキナ〉
そうやって時間稼いで、
ルシエラの記憶を読み取ったんや。

〈ミカエラ〉
ルシエラを救う方法はないのですか?

〈ヴェレフキナ〉
……ルシエラの記憶の書き換えが完璧ちゃう
ことを期待するだけや。

〈シミラル〉
可能性は低い。
というか両者の同化が著しくて、判別が難しい。

ヴェレフキナが濁した言葉の先を
シミラルが継いだ。

冷静に状況を分析し事実を伝えた。
必要だから……。そんな調子の言葉だった。
その言葉を聞いて、

〈アルドベリク〉
ならこいつはもう、ルシエラではないのか……。

〈アルドベリク〉
もう……元には戻らないのか?

抑えつけられた腕をやり返しながら、
アルドベリクは立ち上がる。

〈ヴェレフキナ〉
悪いが……難しい。

難しい。
精一杯の希望を絞り出し、
ヴェレフキナはそう言った。

〈シミラル〉
ひとつ救いがあるとすれば、
ジェネティスはいまルシエラの体に縛られている。

〈シミラル〉
ルシエラを殺せば、ジェネティスも死ぬ。

〈ヴェレフキナ〉
シミラル!

〈シミラル〉
必要だから伝えた。

〈アルドベリク〉
……そうか。

〈ルシエラ〉
それと、この戦いが終わったら、
あの約束を果たしてくださいね。

〈ルシエラ〉
あの花が咲いている所に
連れて行ってくれる約束ですよ。

〈アルドベリク〉
ああ。

〈ルシエラ〉
この花をいっぱい敷き詰めて、
その上で眠りたいです。

〈アルドベリク〉
ああ。あの花の上で……。
殺してやる。

言うと、ルシエラに掴みかかり、
共々空へ飛び上がった。

君の横にシミラルが駆け付けて、

〈シミラル〉
乗って!

言われたまま君はその背に飛び乗る。

〈ミカエラ〉
追いましょう!

白い翼と黒い翼はもみ合いながら、花の咲き乱れる丘へと落ちた。

衝撃につられ、
赤い花びらが血のように吹き上がり、
白い花びらが雪のように舞った。

君たちもすぐさま降り立った。

〈アルドベリク〉
ここで、殺してやる。

〈ルシエラ〉
ぐぅぅ……。

花の上へ叩きつけた勢いのまま、
抑えつけたか細い首に力を込める。

〈ヴェレフキナ〉
ここ? ……知ってるぞ。

〈シミラル〉
ルシエラの記憶の中にあった。

〈ヴェレフキナ〉
そうや。ジェネティス食うた時に見たとこや。
アルドベリク、答えろ!
ここが”あの場所”か!?

〈アルドベリク〉
関係ない!

言い切るアルドベリクをルシエラは嘲笑する。
どこにそんな余裕があるのか、
気分の悪くなる笑い声をあげた。

〈ルシエラ〉
ハハハァ! そうよ、ここよ。
この思い出の場所で私を殺してくれるそうよ。

〈アルドベリク〉
ああ。殺してやる。

さらに腕に力を込めるアルドベリク。
突然、ルシエラはもの悲しげに言った。
声はまるで別人のようだった。

〈ルシエラ〉
いつもそう……ここで私を殺せば私が幸せなの?
それって誰が決めたの?

〈アルドベリク〉
な……?

意表を突かれ、腕の力が緩む。
再び力を加える勇気はなかった。

〈ルシエラ〉
あの時、あの花を摘みに行くのを見て、
私がどう思っていたと思う?

〈ルシエラ〉
知らないでしょ?
どうして一緒にいてくれないの?
そう思っていたのよ。

〈ルシエラ〉
最後の瞬間まで、そう思っていた。
あなたは花ばかり摘んでいたけど。

〈ルシエラ〉
私はそんなこと求めてなかった。
可能性を捨てたのだって……。

〈ルシエラ〉
あなたが勝手に決めた……。
いつも……。いつも……。

〈ルシエラ〉
黙ってれば好き勝手しやがってよぉ!
……ここで殺してやる?

〈ルシエラ〉
お前が死ねよ!!

〈アルドベリク〉
くあっ!

ルシエラが怒号と供にアルドベリクを吹き飛ばす。
そのままゆらりと立ち上がり、
顔を覆う髪をかき上げると、

〈???〉
お前が死ねよ……。

すでにそれはルシエラ以外の何かだった。

〈アルドベリク〉
殺してやる、ルシエラ。

アルドベリクの不安は的中した。
起こるべきことは、必ず起こる。

君は手にしたカードを握りしめ、つぶす。

〈ヴェレフキナ〉
アホが!

突然、ヴェレフキナがアルドベリクに
体を当てて吹き飛ばした。

〈アルドベリク〉
何をする!

〈ヴェレフキナ〉
アルドベリク! まだ方法はある!
殺すな! 生きたまま捕まえろ!

〈ヴェレフキナ〉
シミラルぁ! この花や! この花の香り。
しっかりと記憶しとけ!

〈シミラル〉
もうやってる。ウスノロ。

〈ヴェレフキナ〉
上出来や!

〈ミカエラ〉
アルドベリク、冷静になりなさい!

〈ミカエラ〉
状況が絶望的なものであるのは、認めます。
けれど、あなたは……。あなたたちは!

〈ミカエラ〉
わずかでも可能性があるなら、
それを捨ててはいけません!

その言葉に反応し、
アルドベリクは激情から踏みとどまる。

〈アルドベリク〉
ヴェレフキナ。本当に救えるのか……?

感情を噛み殺し、アルドベリクは答えた。
少しだけいつもの彼に戻っているようだ。

〈ヴェレフキナ〉
ボクの魂賭けたるわ。

〈???〉
殺し合いは終わり?
一緒に宿命をやり直しましょうよ?
アルドベリク。

〈???〉
殺し合いの宿命をね、クソ野郎。

〈ウィズ〉
キミ、ふたりを助けるにゃ。
ふたりを。

君は頷く。
黙って、何も言わず……。
戦いの構えを取った。

〈???〉
キシャァァァーー!

どこにそんな力があるのか。
相手は全身のバネを使い、
飛びかかってくる。

それだけではない。
両翼の浮力を活かし、重力からも逃れ、
その動きは不規則極まった。

もちろん殺さずに捕らえるという
枷も重く、君たちの身動きを奪っていた。

徐々に焦りも生まれてくる。

〈ミカエラ〉
肉を切らせて骨を断つ。それしかないですね。

〈アルドベリク〉
それなら俺がやる。

次の瞬間、アルドベリクは前に出た。
無防備に、構えを解いて、ただ立っていた。

君は彼を守ろうと一歩踏み出す。

〈ウィズ〉
待つにゃ!
ここはアルドベリクに任せるにゃ!

ウィズに促され、君は思い直す。
ここは彼に任せるしかない、と君は覚悟する。

でたらめな軌道を描いて、
ルシエラはアルドベリクに激突する。

〈???〉
お前が死ね!

ルシエラの爪がアルドベリクの肉を引き裂く。

〈アルドベリク〉
ああ。お前が死んだら、俺も死んでやる。

その傷をもろともせず、
そのままルシエラを抱きしめる。

〈アルドベリク〉
だから、大人しくしろ!

背中に回された手は、ルシエラの両翼をへし折る。

〈???〉
離せえ!

腕の中でのたうち回り、
肩に噛みつき、
肉を噛みちぎる。

それでもアルドベリクは、
しっかりとルシエラを抱きしめている。

花の上に押し倒し、手を握ると、
自らの手もろとも剣で貫く。

〈ミカエラ〉
捕らえた……。

〈アルドベリク〉
さあ、始めてくれ。

〈ヴェレフキナ〉
任せとけえ。

〈???〉
無駄だ!
ルシエラごと消えてなくなるぞ!
それでいいのか!

2頭の神獣に食われながら、
最後のあがきのように喚き散らす。

〈???〉
無駄だぁ! 無駄だぞぉ!

声が遠くなる。ルシエラの皮膚を覆った殻も
ぽろぽろと剥落していく。
やがて。

〈ヴェレフキナ〉
往生際の悪いやっちゃ。

全てが終わったように、静けさが帰って来た。

アルドベリクはルシエラと自分を繋げる
剣を引き抜く。
彼女はまだ眠ったままだ。

〈アルドベリク〉
すぐに目覚めるのか?

〈ヴェレフキナ〉
もう目覚めてるやろ。

アルドベリクがルシエラを見返すと、
彼女の目はもう開いていた。

〈アルドベリク〉
大丈夫か?

〈ルシエラ〉
手が痛い。翼も……。

〈アルドベリク〉
すまない。仕方がなかった。

〈ルシエラ〉
……あなた、誰ですか?

君は胸が締め付けられるように感じた。
あるいは後遺症があるのかもしれない。
あるいは失敗した、ということも。

〈アルドベリク〉
どういうことだ、ヴェレフキナ。

〈ヴェレフキナ〉
さあ? 知らん?

〈アルドベリク〉
知らない? ちゃんと説明しろ。

〈ヴェレフキナ〉
だって、ボクは完璧にジェネティスと
ルシエラを区別してアイツだけ食べた。

〈シミラル〉
花の香り。より具体的な記憶を元に区別したの。

〈ヴェレフキナ〉
口で「甘い」言うよりも、
食べてみた方が分かりやすいし、強い記憶や。

〈ヴェレフキナ〉
ここにある花の香りを鍵にして、
ルシエラの記憶を見つけた。

〈ヴェレフキナ〉
面白いことにジェネティスは、
五感を完全に閉鎖しとった。
たぶん痛覚が邪魔やと思ったんやろうね。

たしかに戦った時、
痛みを感じていた様子はなかった。

〈ヴェレフキナ〉
だからアイツは花の香りを口では説明できるけど、
具体的には知らない。ドンピシャやね。

〈アルドベリク〉
そんなことは聞いてない!
この状況はどういうことだ。

〈ヴェレフキナ〉
だから……知らん言うてるやん。

〈シミラル〉
言うてるやん。

〈ルシエラ〉
ぷぷ。ぷぷぷ。
……冗談ですよアルさん。
ビックリしましたか?

なるほど。彼女らしい。
いたずらだったのか、と君は胸をなでおろす。
もちろん、アルドベリクも。

〈アルドベリク〉
お前は……。

多少呆れているか、
ムッとしているかはしていたようだが。

〈ルシエラ〉
ここが約束の場所ですね。

ルシエラは顔の真横にある花を見た。
大きく胸を膨らませて、その香りを吸い込むと、
瞼を閉じた。

〈ルシエラ〉
このまま、眠ってもいいですか?

〈アルドベリク〉
ああ。

返事を聞くと、
彼女は花の中に埋もれるように
眠りに落ちた。

〈ミカエラ〉
終わりましたね。

〈ヴェレフキナ〉
まだやで。
ジェネティスの分身があちこちに残ってる。
世界を股にかけてな。

〈ミカエラ〉
ではその討伐も考えましょう。
ただ、いまは少し休ませてください。

〈シミラル〉
賛成。

君もふたりについて、
その場を後にすることにした。

ヴェレフキナだけは、
少しアルドベリクに用があるのか。
最後まで残っていた。

〈ヴェレフキナ〉
ん~……。お。あれでいいやろ。
カッー、ペエッ!

〈アルドベリク〉
何をした?

〈ヴェレフキナ〉
ああ、使ってない肉体に魂を移したんや。

放置されていた亡骸がむくりと起き上がる。

〈???〉
チチチ?

〈ヴェレフキナ〉
無害にしたジェネティスや。
持って帰ってもええんやけど……。

〈ヴェレフキナ〉
死界に送ってもらった方が早い思てね。
方法はキミに任せるわ。

〈アルドベリク〉
なるほど……。

アルドベリクはゆっくりと新たな身体に移った
ジェネティスの元へ歩いていく。

〈ヴェレフキナ〉
あんじょう頼んまっせ。

とヴェレフキナはアルドベリクに背を向け、
去っていった。

〈アルドベリク〉
さて。悪いが俺は血も涙もない魔族だ。
手加減なんて言葉は知らん。

〈アルドベリク〉
俺が魔王と呼ばれる理由を、
お前にだけ教えてやる。
……クソ野郎。

〈アルドベリク〉
誰にも、内緒だぞ。

〈ジェネティス〉
チチチ~?

〈ジェネティス〉
チチチーーッ!!

奇妙な声が聞こえた。そんな気がした。
何か聞こえた?
と君はウィズに尋ねる。

〈ウィズ〉
気のせいにゃ。

そうかもしれないと思い直し、
君は仲間たちの方へと向かった。

〈オルハ〉
ふう……。

目の前で黒猫の魔法使いが消えてから、
しばらくの間、オルハは異界の歪みの発生を、
神経を研ぎ澄まして待ち続けた。

そしてようやく、いつもの如く白日夢が
歪みの発生を教えてくれた。

そこは以前、魔法使いが歪みの中に
消えていったところだった。

〈オルハ〉
もうすぐね。
……あ。

花が舞った。
風に吹かれたのではなく、
歪んだ空間に引き裂かれて、舞った。

花の吹雪が去った後、
開いたオルハの眼に映ったのは
一本のボトルだった。

見たこともない禍々しい絵の描かれたラベル。

それが貼られているボトルの中身は
とうの昔に飲み干されていた。

〈オルハ〉
何かしら?

怪訝に思いつつも、
オルハはそのボトルを持ち上げた。

空っぽのボトルの底には
小さく折り曲げた紙片がある。

蓋を取り、しばらく下に向けて
振っていると地面に紙片が落ちた。

〈オルハ〉
あら?

そこに書かれていたのは、
見慣れた形の文字だった。

〈オルハ〉
もうしばらくこちらにいます。
楽しくやっているので、
心配しないでください。

最後には黒猫の魔法使いの名が
署名されていた。

〈オルハ〉
う~ん。
これなら、心配ないわね。

オルハは風に誘われるまま紙片から
指を離した。

紙片は、花と供にどこかへ消えた。

 

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