〈アルドベリク〉
なるほど。その子供たちと一緒に、お前たちは
魔界に来たということか。
君はクエス=アリアスで遭遇した事故について、
アルドベリクに説明した。
突然歪みが目の前に発生し、
何かに掴まれたと思ったら、
魔界に流れ着いていた。
なぜか大騒ぎをしている魔族に、
呆気に取られていると、
偶然、ルシエラが通りかかり、ここに来た。
〈アルドベリク〉
まあ、お前たちはともかく……。
気になるのはこの子供たちだ。
一体どこから来たのか。
ここまでの道中は人垣を縫うのがやっとで、
ロクに話も出来なかった。
君とウィズもその辺りの事情は知らなかった。
本人たちに話を聞こうにも、
〈ルシエラ〉
寝ちゃいましたからね。
ルシエラは寝息を立てる少年の髪を撫でる。
よほど疲弊していたのか。
ふたりとも、出てきた食べ物を平らげると、
ぱたりと倒れ込んで、眠ってしまった。
〈アルドベリク〉
わざわざ起こすこともないだろう。
目を覚ましたら話を聞こう。
アルドベリクの言葉を聞いて、
ウィズが部屋の奥にあるテラスへと歩いていく。
これ以上の詮索や議論は無意味である。
それなら自分たちもゆっくりと休んだ方が良い。
君はウィズに続いて、テラスへ向かった。
下では、派手な催しが行われていた。
たぶんあそこを抜けてきたのだろう、
と君は思った。
必死に身もだえ、通り抜けてきた人の海は、
上から見ると意外と理路整然とした構造を
持っていた。
〈ウィズ〉
あれは何にゃ?
何かのお祭りのように見えるにゃ。
〈アルドベリク〉
あれは、ワクワク魔界フェスティバルだ。
〈ウィズ〉
ワクワク……? な、なんの祭りにゃ?
〈アルドベリク〉
ワクワク魔界フェスティバルとは、
魔界全土の国家が参加する、魔界最大の祭典だ。
〈アルドベリク〉
それぞれの国家が、自らの国力や文化の水準を
他国へと誇示する機会でもあり、
〈アルドベリク〉
本来、血の気の多い魔族たちが闘争や暴力以外で
感情を爆発、発散させる場でもある。
〈アルドベリク〉
言うなればこれは擬似的な戦争行為だ。
どのような社会機構も消費と蕩尽、創造と破壊を
繰り返す。
〈アルドベリク〉
魔界ではそれを戦争という形で繰り返してきた。
〈アルドベリク〉
我々、王侯会議は擬似的な戦争を起こすことで、
実際の戦争を制御することを目指している。
〈アルドベリク〉
その基幹となる計画が、
このワクワク魔界フェスティバルだ。
名前はなんとかならなかったんですか?
と君は訊ねてみた。
〈アルドベリク〉
この名は公募で決まったことだ。
確かキルティ家の娘の案だったはずだ。
〈ルシエラ〉
そんなに難しく考えることないですよ。
ゆったりとしたスピードで君の前を通り過ぎ、
ルシエラはテラスの手すりの上に座る。
〈ルシエラ〉
どこからどう見てもただのお祭りですし。
と言った途端、
フェスティバル会場から爆発音と供に
火の手が上がる。
〈ルシエラ〉
おや? これはぁ……?
〈ウィズ〉
何かの出し物かにゃ?
燃えさかる炎を中心に人だかりが散っていく。
明らかにフェスティバルの仕掛けの域を
超えている。
〈アルドベリク〉
騒ぎが起こっているようだな。
様子を見に行く。
〈アルドベリク〉
ルシエラ、留守は任せるぞ。
〈ルシエラ〉
はーい。
アルドベリクの背中の翼が大きく広がり、
君の目の前に羽が舞った。
〈アルドベリク〉
お前たちも来るか?
眼下の炎を見すえたまま、アルドベリクは
君に声をかける。
〈アルドベリク〉
まだフェスティバルを楽しんでいないだろう。
彼は笑っていた。事件が起きているのに、
まるで動じず、笑っている。
魔族というのはこういうものなのだろう。
騒ぎの中心へと駆けつけると、
何人もの魔族たちが声を上げ、
拳を振り上げていた。
激突し絡まり合い互いの肉を切り裂く。
獰猛な獣の争いのように、
そこに理性が立ち入る余地はなかった。
〈アルドベリク〉
喧嘩か?
争いに慣れているはずのアルドベリクですら、
その様子を見て、訝しく思ったようだ。
声の調子からそれが読み取れるくらいだった。
〈ウィズ〉
彼らを止めるにゃ。
君は足下のローブを払い、
足ひとつ分、幅を広げて立った。
〈アルドベリク〉
待て。どうも様子がおかしい。
出来れば手荒な真似はせずに大人しくさせたい。
それなら、と君は相手を無力化する
魔法を選択し、構えた。
猛烈な追い風が君の横を通り過ぎる。
少し遅れて、快活な声が意味らしきものを
載せて、通り過ぎた。
〈???〉
喧嘩か? 勝ったァ!
〈ウィズ〉
にゃにゃ!
言葉が事態を理解させるよりも早く、
その場の光景が理解を促した。
飛び込んできた影が勢いそのままに
ひとり殴り倒し、ひらりと舞うように、
ひとり蹴り飛ばした。
〈アルドベリク〉
クィントゥスか!?
〈クィントゥス〉
ああ、俺だ!
〈アルドベリク〉
……誰だ。
〈クィントゥス〉
ああ。わりぃわりぃ。バイト中だったんだ。
もぞもぞと悶えるようにしながら、
その奇妙な何かの背中から青年が顔を出し、
着ていたものを脱ぎ捨てる。
〈クィントゥス〉
これでよし。
アルドベリク、何モタモタしてんだ。
目の前の喧嘩が逃げちまうぜ。
彼はすぐさま戦闘に戻り、
すでに何人か殴り倒している。
彼の言っていることはすぐ本当のことに
なりそうだ。と君は思う。
〈アルドベリク〉
俺はお前と違って、思慮深いからな。
〈クィントゥス〉
しりょ……なんだって?
〈アルドベリク〉
バカではないと言う意味だ。
〈クィントゥス〉
ああ、なるほどね……とっ!
〈アルドベリク〉
やれやれ。
言葉も理性もない奴がやってきてしまった。
アルドベリクは頭を振りながら、
争いの輪の中に加わる。
〈アルドベリク〉
作戦を変更せざるを得んな。
〈クィントゥス〉
ああ、作戦変更。プランBだ。
〈プランB〉ってなんだろう?
と君は声を張り上げて、尋ねた。
周りの魔族は鋭い攻撃を繰り出し、
君はそれを躱し、受け流す。
すでに戦いの渦中である。
〈クィントゥス〉
目の前の奴をぶん殴れだ!
さきほどまでの騒ぎが嘘のように、
その場は静まり返った。
争いの参加者たちは横たわり、
うめき声を漏らすだけで、
君を除けば、たったふたりだけが立っていた。
〈アルドベリク〉
手加減はしたんだろうな?
足元でもがく人々を見下ろして、
アルドベリクは隣に立つ青年に言った。
〈クィントゥス〉
生きてる。
それが手加減した証拠だ。
その青年は大きく手を広げ、
惨状と呼べるその場を、
誇らしげに示した。
彼は君に目を止めると、
傷ひとつ負っていない姿を
興味深そうに見つめた。
〈クィントゥス〉
へえ……。
アルドベリク、こいつは誰だ?
アルドベリクは青年に君を紹介する。
君は簡単な自己紹介をした。
続けて、アルドベリクは青年を示して、
〈アルドベリク〉
紹介しよう。バカだ。
〈クィントゥス〉
うぉい! ちゃんと紹介しろ。
〈アルドベリク〉
クィントゥスという名のバカだ。
悪い奴ではない。バカだが。
〈クィントゥス〉
減らず口め。
アンタ、なかなか強えじゃねえか。
よろしくな。
と、差し出されたクィントゥスの手を君は握る。
単純な友交の証しというよりは、どこか挑戦的な
ものを感じた。
ただ悪い印象はなく、清々しささえ感じる、
他の誰とも違う感覚だった。
〈アルドベリク〉
さて、本題に戻ろうか。
誰か、こいつらが暴れ始めたところを
見た者はいるか?
アルドベリクが目撃者から情報を募ると、
事の次第は自然と判明した。
それが奇妙な出来事であるという点を除けば、
納得のいく話であった。
〈ウィズ〉
話をまとめると、
彼らは突然暴れ始めたということにゃ。
〈クィントゥス〉
俺たちは魔族なんだ。
暴れたくなりゃ、そりゃ暴れるぜ。
〈アルドベリク〉
忘れたか。
フェスティバルの期間中の私闘は禁止だ。
〈クィントゥス〉
あー、そういうのもあったな。
〈アルドベリク〉
それにあの戦い方……普通ではない。
暴れる者たちの戦い方は──防御、つまり
身を守るという考えがまるで欠けていた。
戦いの基本は護身。自分の身を守ることだ。
そういう意味では、彼らのそれは、
戦いとは呼べなかった。
〈クィントゥス〉
痛みを感じてない。そんな戦い方だったな。
まあ、詳しいことは本人に聞けばいい
じゃねえか。
〈クィントゥス〉
おい。いつまで寝てんだ。とっとと起きやがれ。
クィントゥスが横たわる魔族をつま先で軽く蹴る。
魔族は、小さく呻きを漏らすと、
すぐそれは叫びに変わった。
〈クィントゥス〉
おいおいおい! 俺は何もしてねえぞ!
そして、異変は叫びだけでは終わらなかった。
〈アルドベリク〉
なんだこれは……。
〈ルシエラ〉
つまり、あなたたちは別の世界から逃げてきたんですね?
〈リザ〉
私たちの部族の中には、
まれに歪みの発生を予知できる人が現れるんです。
〈リザ〉
その力を使って、
私たちは発生した歪みの中へ逃げました。
〈リュディ〉
どこに辿り着くかはわからなかったけど、
あのまま元の世界にいるよりは助かる可能性があった。
〈リュディ〉
だから……。
大人たちが、子供たちだけでも、って……。
リュディは手に持ったカップを
じっと見つめていた。
それは隣に座るリザも同様だった。
疲弊した体に食べ物を詰め込み、
あったかいミルクで安堵を流し込んだ後、
思い出したのは、故郷のことだった。
故郷に残した、恐怖と不安と絶望、と仲間たち。
〈リザ〉
……帰りたい。
〈ルシエラ〉
故郷は悪い奴らに奪われちゃったんでしょ?
……じゃあ、いまはここにいなさい。
〈ルシエラ〉
ここには強くて、お人好しの人がいるから、
大丈夫。
〈リザ〉
……うん。
〈ルシエラ〉
もう少し詳しい事情を訊かせて。
いったいあなたたちの世界で何が起きたんですか?
〈リュディ〉
始めはただ大人たちが仲間割れを始めただけだった……。
〈リュディ〉
体が動かなくなるまで、喧嘩した後、
大人たちは……。
リュディは伏せていた顔を上げ、ルシエラを見た。
その眼は濡れて、唇は震えていた。
〈ルシエラ〉
どうなったの?
リュディの頭をそっと撫でて、もういいと促す。
同時に視線をリザの方へ移した。
見返す眼にはほんの少しだけ勇気が見える。
この少女の伸ばしてあげるべき所なんだろう、
とルシエラは思う。
〈リザ〉
大人たちは、バケモノになったの。
