封魔級 決意の時 

〈アルドベリク〉
これは何度目の出会いなのだろうか?

おい。顔を見せろ。

〈ルシエラ〉
あ、こんにちは。

……なんだそれは?

〈ルシエラ〉
挨拶ですけど……? よくなかったですか?

〈ルシエラ〉
囚われの身らしく、しくしくと泣いていた方が良かったですか?

〈ルシエラ〉
そういうの、堅苦しくないですか? 私、自分のやりたいことは自分で決めますよ。

〈ルシエラ〉
泣きたくなったら泣くし、笑いたかったら笑います。

名は?

〈ルシエラ〉
ルシエラ・フオルですよ。

〈ルシエラ〉
あなたのお名前聞いていませんけど?

アルドベリクだ。

〈アルドベリク〉
そしてこれは、何度目の別れなのだろうか?

そういえばお前、なぜ魔界に来た? 自分で魔界に来たのか。

それとも魔界に来ざるを得なかったのか?

〈ルシエラ〉
内緒です。

……答えは帰って来てから聞くとしよう。

〈アルドベリク〉
その答えを、俺はまだ聞いていない。

アルドベリクは何を考えていたのだろうか?

彼はじっと壁に背をもたせかけて、ミカエラたちの話を聞いていた。

君はただ、その様子を見ていた。

イザークの話は、クエス=アリアスの感覚からすると少し荒唐無稽に聞こえた。

アルドベリクとルシエラは、あらゆる次元で、存在を変えながら、出会い――

運命に引き離されるように、「死」という別れを繰り返しているらしい。

〈エストラ〉
なぜ、そんなことが分かる。誰がそんなことを言いだしたのだ。

〈イザーク〉
時界の監視者が、妙な現象を発見したのが最初だ。

〈ミカエラ〉
世界の時間の流れからズレた、ひとつの小さな時間の流れがある、と。

〈ミカエラ〉
それを先代聖王のイアデルが調査しました。そこでわかったのです。

アルドベリクとルシエラが、延々とふたりだけで小さな時間の流れを繰り返していることが……。

神界のどこか、神界ですらないどこか、あらゆるところで、その小さな時間の流れは、

繰り返されていた。名を変え、姿を変え、あらゆる形で、彼らは同じ時間を繰り返していた。

〈アルドベリク〉
何のためだ? 何のために、俺達はそんなことを繰り返している。

〈ミカエラ〉
ひとつの推測として、あなたたちがともに生きるという〈可能性〉を捨てたからではないか。

〈ミカエラ〉
と、イアデルは言っていました。あらゆる〈可能性〉を繰り返していますが――

ただひとつ、ふたりがともに生きるという〈可能性〉を捨てた。

その報われない想いは、永遠に、未練を残しながら繰り返されている。

そしていま、彼らの循環は、再びひとつの終わりへと向かっている。

いつも通りの繰り返しを行う為に。

〈ミカエラ〉
イアデルは、あなた達が、この神界の存在として生まれ変わった時、ルシエラを保護しました。

〈ミカエラ〉
彼女は秘密の存在として、長く匿われてきました。

〈クリネア〉
だから、私も見たことがなかったんですか。

双方が出会わなければ、何も起こらない。少なくとも不毛な繰り返しを止められる。

そういう判断らしい。

そして、先代聖王のイアデルが崩御し、神界が7つの異界に分かれた、混乱の中、

ルシエラは逃げ出した。

〈イザーク〉
それを、俺が魔界で見つけた。しばらくどうするか考えたが、結局会わせることにした。

〈イザーク〉
ルシエラはきっとお前に会いに来たのだからな。

その言葉に、アルドベリクは少しだけ反応した。

〈イザーク〉
それに、ひとつだけ方法があるからだ。お前達の運命を切り開く方法が。

〈アルドベリク〉
それはなんだ?

〈ミカエラ〉
あなた達が、〈可能性〉を捨てたのなら、〈可能性〉を広いに行けばいいのです。

〈ミカエラ〉
〈回廊〉を開きます。そこにはあらゆる〈可能性〉があります。

〈ミカエラ〉
調和を重んじるイアデルは、その方法を避けてきました。

〈ミカエラ〉
ですが、私は聖王の名において、それを行おうと思います。もちろん……。

〈アルドベリク〉
俺次第か。

そこまで話し終わって、エストラが口を開いた。

〈エストラ〉
馬鹿げた話だな! そんな話、誰が信じる。アルドベリク、いくらお前でも分かるだろ。

〈エストラ〉
これがデタラメだということが! 見ろ、周りは皆、天界の奴らばかりだ!

〈エストラ〉
イザークも含めてな!

〈エストラ〉
アルドベリク。お前がかつてどんな存在であったとしても、いまのお前は魔族だ!

〈エストラ〉
……魔族であることを示せ。

アルドベリクは黙って、寝台の上に寝ているルシエラの元に歩いていった。

意識を失っていたはずの、ルシエラは足音が近づくと、薄く眼を開けた。

〈クリネア〉
あ、意識を取り戻しました。

アルドベリクがその顔を覗き込むと、彼女は言った。

〈ルシエラ〉
アルさんでも……そんな顔するんですね。

それだけ言うと彼女はまた意識を失った。

〈ミカエラ〉
アルドベリク、どうしますか?

〈アルドベリク〉
そんな話を信じろというのか? 出来るわけないだろう。

〈ミカエラ〉
そうですね……。

〈イザーク〉
さすがに、そこまでお人好しではないか。

〈アルドベリク〉
勘違いするな。俺は行くぞ。……俺は行く。

〈アルドベリク〉
何か理由が必要か? 俺は、そうは思わない。

〈ミカエラ〉
では、〈回廊〉に案内します。

君はルシエラが言っていたことを思い出した。

何にでも理由を求める必要はない。

アルドベリクの言っていることは、少しだけルシエラに似ている。

そんな気がした。

〈エストラ〉
…………。

 

あらゆる〈可能性〉があるという〈回廊〉。

そこには見たこともない光景が広がっていた。

〈アルドベリク〉
思っていたものとは違うな。

アルドベリクの言う通りだった。言葉で説明されたものよりも、そこは歪だった。

〈可能性〉があるというよりも、必要と不必要すら区別されないまま〈可能性〉が投げ出された。

そんな場所のようだった。どちらかといえば、ゴミ溜めに様子が似ていた。

〈ミカエラ〉
ここは7異界の狭間、すべての〈可能性〉があります。

〈ミカエラ〉
ただし、あるだけです。見つけ出すのは……。

〈???〉
至難の業ですよ。

ミカエラの言葉を継いだのは、大人しそうな少年だった。しかし……。

彼の次の言葉は、驚くほど、粗暴なものだった。

〈???〉
だから、尻尾巻いて帰るなら今のうちだぜえ。

〈ミカエラ〉
彼はレイフェル。この〈回廊〉を管理する者です。

〈ミカエラ〉
ああ見えますが、私達より長く生きています。

〈アルドベリク〉
ここに相応しい、混乱した奴だな。

〈レイフェル〉
おめえに言われたかねえな。お人好しの魔王なんて、訳の分からねえ奴にな。

〈レイフェル〉
あなたは何度もありえたかもしれない〈可能性〉を繰り返したことで、存在が混乱しているんだ。

〈レイフェル〉
それは、あなたの愛しい人も同じだよ。ずいぶん混乱した存在なんじゃないかな?

〈レイフェル〉
アルドベリク。たしか昔は、そんな名を名乗ってねえよな。

〈レイフェル〉
少なくとも、ここに自分の〈可能性〉を捨てに来た時はそんな名ではなかったね。

〈アルドベリク〉
それなら話は早い。捨てたものを返して貰いにきた。案内しろ。

〈レイフェル〉
うーん……。その前に、まずは今ある〈可能性〉を捨てて来てほしかったね。

レイフェルの視線は、君とアルドベリクの背後に注がれていた。

〈エストラ〉
アルドベリク、もうよせ。お前には魔族としてプライドはないのか。

〈エストラ〉
天界の者を救うために、何をしようとしている! いや、それだけでないぞ!

〈レイフェル〉
あいつも、お前の〈可能性〉のひとつだ。残念ながら、取るに足らないものだけどなあ。

〈アルドベリク〉
エストラ、邪魔をするな。それ以上は言わない。

〈エストラ〉
わかった。ならば私も何も言うまい。魔族らしい方法で、決着をつけようじゃないか。

エストラは、怒りも悲しみも見せずに、そう言った。

ただ、魔族としての生き方を全うするだけの為に黒い羽を開いた。

〈エストラ〉
魔族なら、欲しいものは、奪い取るだけだ……。

 

ひとつの〈可能性〉を選んだ時、もうひとつの〈可能性〉が潰える。

エストラが消耗しきった体を横たえているのを見て、君はそんなことを考えた。

〈アルドベリク〉
すまない、エストラ。

〈エストラ〉
勝ったくせに謝るとは……魔王の風上にも置けない奴だ。とっとと失せろ。

アルドベリクは彼女の言葉に従うように、〈回廊〉の奥へと目を向けた。

〈エストラ〉
タダで、戻ってくるなよ。

そしてそれは、もうひとつ別の〈可能性〉が生まれたということではないか。

たぶんそれは間違いではない、と思った。

〈ミカエラ〉
私は、ここまでにします。聖王としてはここまでが限界です。

あまり、バランスを崩すことはできない、ということだろう。

〈レイフェル〉
ラッキー! 案内は少ないほうがありがてぇ。そこのお前はどうする?

〈ウィズ〉
どうするにゃ?

〈ミカエラ〉
イザークが言っていました。

〈ミカエラ〉
もしあなた達がいなければ、いま私達がこうしている〈可能性〉も、なかったはずだ、と。

〈ミカエラ〉
きっとあなた達がいたから、何かが変わりつつあるのです。

〈ウィズ〉
そこまで言われたら、行かないわけにはいかないにゃ。

そうだね、と君は笑いながら同意した。

〈ウィズ〉
ほとんど、脅迫にゃ。

〈ミカエラ〉
すみません。

〈レイフェル〉
あの? 決まりましたか?

〈アルドベリク〉
ああ、決まった。

君は、自分の決断が、ひとつの〈可能性〉の扉を叩いたように思った。

そんな音が聞こえた気がしたのだ。

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