中級 天界の攻勢

〈イザーク〉
おや。どこかで見たことのある奴がいるじゃないか。

君のことを覚えていたのか、イザークは開口一番そう言った。

〈アルドベリク〉
知り合いか?

〈イザーク〉
そんなところだ。どこで拾ってきた?

〈アルドベリク〉
どこかの世界からルシエラが拾ってきた。

〈ルシエラ〉
はーい。拾ってきました。

〈イザーク〉
なるほど、面白いことになってきたじゃないか。

〈ウィズ〉
勝手に面白がられても困るにゃ。

ウィズは呆れたように、尻尾を左右に振った。

〈アルドベリク〉
冗談を言うな。厄介事ばかり増えている。

〈イザーク〉
だとしたら、貴公の、これまでの行いが悪かったのだろう。

〈アルドベリク〉
魔族としては、行いが悪いに越したことはない。それにしても……。

〈エストラ〉
相変わらず集まりが悪いな。

〈イザーク〉
元々、魔族はそういうものだろう。自分の欲望に忠実な者ばかりだ。

〈イザーク〉
貴公らが少し変なのだよ。……状況を説明しよう。

イザークの話によると、アルドベリクの留守を狙って天界の軍団が攻めてきたらしい。

この国を、魔界侵攻の拠点としようとしているのだ。

〈イザーク〉
貴公が馬鹿正直に、異界の歪みの前でルシエラの帰りを待っていたからだな。

〈アルドベリク〉
こいつがいつまで経っても、帰って来なかったからだ。一体何をしていた?

アルドベリクはルシエラの首根っこを掴み、持ち上げてみせた。

〈ルシエラ〉
えー? それは内緒です。知りたいですか? すごく知りたいですか?

〈アルドベリク〉
……知りたい。

〈ルシエラ〉
でも内緒でーす。

〈エストラ〉
頭が痛くなってきた。さっさとそれぞれの役割を決めようじゃないか。私は何をすればいい?

〈イザーク〉
そうだな。エストラ、貴公は援軍を呼んできてくれ。

〈イザーク〉
迎撃は我々が行う。魔法使い、せっかくだからお前も手伝うか?

〈ルシエラ〉
断ったら、ただじゃおきませんよ。

笑顔でそういうこと言わないでほしい。と君は返した。

〈ウィズ〉
魔族と天使の喧嘩に関わることはないにゃ。

〈ウィズ〉
でもここにいて、巻き込まれないのは無理な話かもしれないにゃ。

〈ウィズ〉
振りかかる火の粉くらいは払うにゃ。

仕方ない、と君はウィズの言葉に同意した。

〈イザーク〉
ふふ。それで十分だ。では行こうか。

 

魔界に降り立った天使たちの中に、燃えるような赤い髪をした少女がいた。

〈???〉
思ったより抵抗がありますね、マクシエル。

彼女の言葉を受けて、その傍らにいる痩身の天使は言った。

〈マクシエル〉
アルドベリクは不在だと聞いたのですが、この様子だと、もう戻っているようですね。

〈???〉
どうしましょうか? ここは一旦、兵を退いた方が良いかもしれません。

〈マクシエル〉
クリネア、何も慎重論だけがお前の取り柄ではあるまい。

〈マクシエル〉
もう征伐の軍のいくらかは、この地への降下を終えている。

〈マクシエル〉
アルドベリクが戻っているなら、奴を倒して、そのまま、この地を制圧するまでだ。

〈クリネア〉
そうではないです、マクシエル様。我々の、当初の計画は崩れています。

〈クリネア〉
この先、どんな予定外の事が起こるか……。

〈???〉
私もクリネアの意見に賛成です。このまま無理をすることもないでしょう。

マクシエルは、赤い髪の少女を一瞥した。

〈マクシエル〉
ミカエラ様、あなたは甘い。

〈ミカエラ〉
そうでしょうね。退却です。これは命令です。

それだけ言い、ミカエラは踵を返した。

〈クリネア〉
あ……。

〈マクシエル〉
……かしこまりました。

次の瞬間、空が破裂した。

降下途中だった天使たちの大半は制御を失い、哀れな滑空を行っていた。

〈マクシエル〉
どうやら、退却するわけにもいかなくなりましたな。

〈ミカエラ〉
それなら、皆を無事に退却させるのが、我々の責任です。続きなさい。

〈クリネア〉
は、はい。

いち早く、破裂した空へ向かって、飛び立ったミカエラ。クリネアはすぐさまそれに続いた。

〈マクシエル〉
御意。

そして痩身の天使は、最後に続いた。

〈ウィズ〉
と、とんでもない威力にゃ……。

アルドベリクが造りだした、黒い魔力の塊が、天使たちの降下してくる空へ放たれた。

すると一瞬にして、押し寄せる天使たちは重力に捉えられて、地面に叩きつけられたのだ。

〈ルシエラ〉
さっすが、アルさん!

〈イザーク〉
やれやれ、俺達の出番はなさそうだな。

〈アルドベリク〉
さあ、仕上げにかかるぞ。

君は少し苦笑した。

まさか魔族と一緒に闘うとは……さすがに思わなかったからだ。

それでも、想像しているよりも、彼らは人間味のある人たちだ。

嫌な気持ちはまったくなかった。

 

もはや周囲に、抵抗できる天使の兵は皆無だった。

残党は逃げるに任せて、深追いはしない。それがイザークたちの判断だった。

〈イザーク〉
こんなものか。天界の軍も存外情けない。

〈アルドベリク〉
イザーク。お前が言うと、妙に聞こえるな。

〈イザーク〉
他意はないさ。

〈ウィズ〉
イザークも魔界で楽しくやってるみたいで安心したにゃ。

こんな状況で楽しそう、というのもおかしな話だな、と君は思った。

〈ミカエラ〉
そこまでです!

凜々しく透き通るような声と共に、燃えさかる炎の舌が、君の目の前に垂れ下がった。

炎の中から現れたのは、見覚えのある赤い髪の少女だった。

〈ミカエラ〉
イザーク。

〈イザーク〉
姉さん、兵を退くなら今だ。もうすぐ援軍も到着する。これ以上は無駄だ。

〈マクシエル〉
馬鹿げたことを言うな、イザーク。

〈ミカエラ〉
ミカエラ様、言う通りにしましょう。無益な争いはやめるべきだと思います。

〈ルシエラ〉
そうです。こっちには強い強いアルさんもいるんですよ。さっさと退いた方がいいです。

突然、一歩前に飛び出したルシエラは、翼を羽ばたかせながら、声高に言った。

〈ルシエラ〉
さもないと、さすがのアルさんも怒っちゃいますよ。そもそもですね……。

〈アルドベリク〉
むっ……。

ルシエラの翼がアルドベリクの顔を撫でた。

羽ばたかせるたびに、何度も何度も。

〈ルシエラ〉
アルさんはですね。お人好しなところもありますが、根っからの魔族で、本当は怖いんですよ。

〈ウィズ〉
ずっと羽が顔に当たっているにゃ。

〈アルドベリク〉
む……。ルシエラ。

〈ルシエラ〉
はい? なんですか?

〈アルドベリク〉
気づいてないかもしれないが、お前の羽が俺の顔に当たっている。

〈ルシエラ〉
え? 気づいてましたよ。わざとですから。

〈アルドベリク〉
なら、すぐにやめろ。

〈ルシエラ〉
はーい!

〈マクシエル〉
なんだ、あいつは……

〈クリネア〉
私たちと同じ……天使みたいですね。見覚えはないですが……。

他のふたりが不思議そうにルシエラを見ているのとは対照的に、

ミカエラは鋭い視線をルシエラに向けていた。

〈ミカエラ〉
ルシエラ……。ルシエラ! こんなところにいたのですね。

〈ミカエラ〉
イザーク。あなたがアルドベリクとルシエラを?

〈イザーク〉
ああ。そうだ。

〈ミカエラ〉
残酷なことを……。

その言葉とともに、ミカエラは一歩、イザークの近くへと進みかかる。

〈クリネア〉
ミカエラ様……これ以上は。マクシエル様。敵の援軍の気配も近いです。

〈クリネア〉
退きましょう。私たちは敗れました。もうこの戦いは無意味です。

〈マクシエル〉
ふん。

つまらなそうに、鼻を鳴らすと、マクシエルは飛び立った。

ミカエラもクリネアも、それに続いた。そして天使の軍も続いた。

やがて魔界に降り立った天使たちは、皆いなくなってしまった。

〈アルドベリク〉
イザーク。何の話だ。俺とルシエラに何がある。

〈イザーク〉
そうだな……。

と、イザークはもうひとりの当事者たるルシエラの姿を探した。

だが、どこにもいなかった。

〈イザーク〉
もしかすると天使たちについていったのかもな。
あの魔法使いもついでに連れて行かれたか。

〈アルドベリク〉
まったく……。

アルドベリクはそれを聞いて、すぐさま後を追いかけた。

〈イザーク〉
残酷か……。姉さん、それは少し違うな。

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